第2章、ヨーロッパ農業史記事一覧

現在の世界農業の大本となっているのは、ヨーロッパ起源の農業である。圃場(ほじょう)つまり田畑を整備して土地を深くまでバリバリ耕し、ダムなどの灌漑設備を作り、窒素・カリ・リン酸などの無機肥料をどんどん投入する、そういう農業である。だがしかしヨーロッパの農業だって、昔からそういう農業をしていたわけではない。産業に産業革命というモノがあるように、農業にも農業革命と呼ばれるモノがあって、それ以前はそれとは...

でその産業革命以前のヨーロッパで、どのような農業が行われていたのかというと、何を隠そう有名な「三圃式(さんぼしき)農業」であった。三圃式とは、農耕に適した土地を三つの圃場に分割し、年毎に違った土地に夏作物・冬作物・休閑地に割り当てて春小麦・大麦・エン麦(夏穀)、冬小麦(冬穀)などを生産する方法である。三年周期や四年周期で栽培するローテーションを決めて農産物を作るという、そういうやり方である。小麦の...

気候による制限は、農村のあり方にも大きく影響を及ぼした。というのも一つの農家が勝手に金になる作物ばかり作り出すと数年後にはもう土地が荒廃し、そうなるとたちまち領主に年貢を納めることができなくなって、村ごと他の領主に売られたりということまであったからである。だからこのころの農業はたいてい「ムラぐるみ」の農業で、ムラの長は土地をどのように利用するかを決定した。農地をうまく割り振って、ちゃんと毎年年貢や...

個人主義のメッカであり合理主義の発達した欧米社会でなぜそんな不合理で非効率な事が行われたのかと考えると、非常に不思議なことである。だがしかし人々が個人主義で生きるようになったのは実は産業革命以降のことなのであった。人間がモノを所有し個人として自分の生き方を決めることができるようになったのは、実は産業革命や農業革命がヨーロッパ社会に行き渡った後だったのである。だから三百年前は西欧でもそういう「ムラ型...

そういうわけでヨーロッパでは、三年に一度は農耕地を休ませねば次からは作物ができないような農業環境であった。そしてだからこそムラでは各農家に勝手に農業をさせず、何をどこで栽培するかを決めた上でそれを村人に割り当てるという方法で農業を行っていた。そうでもしないと毎年ちゃんと農作物が獲れなかったし、また領主などに年貢や税金を支払えなかったからである。だがしかし当時の人間はそれを不服とはしなかった。という...

ヨーロッパの農業で土地を休ませる目的は、地力の維持であった。ヨーロッパの気候、特に西欧や北欧の気候は乾燥気候であって、日本の何分の一しか雨は降らない気候なので、だから二年も作物を栽培すると土壌から水分が失われた。植物は土中からドンドン水分を吸い上げて、呼吸の際にそれを水蒸気としてどんどん放出する(蒸散)し、砂地でもなければ雨はそんなに地面に深く浸透しない。だから作物を作らず、土地に充分水分が浸透す...